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東京高等裁判所 平成6年(う)1410号 判決 1995年6月08日

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

一  本件控訴の趣意は、弁護人山崎宏八作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

二  所論は、要するに、原判決は、被告人が、原判示の日時に、業務として普通貨物自動車を運転して、原判決の交差点に差しかかった際、安全確認等の注意義務を怠り、自車前方で右折しようとしていたA子運転の自動車に自車を追突させ、同女及び同女運転の車両に同乗していた女性にそれぞれ傷害を負わせ(罪となるべき事実第一)、そのような交通事故を起こしたのに、同女らを救護する措置を講ぜず、事故発生の日時場所等を警察官に報告しなかった(罪となるべき事実第二)、右日時場所において、無免許で右普通貨物自動車を運転した(罪となるべき事実第三)旨認定判示しているが、被告人は、本件事故が発生した際右普通貨物自動車を運転しておらず、これを運転していたのは、同僚のBであったのであるから、被告人が本件各犯行を行ったものと認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。

三1  そこで、原審記録を調査して検討すると、原判決は、本件起訴状に掲げられた各訴因のとおり、「被告人は、第一 平成六年四月一七日午後一一時一〇分ころ、業務として普通貨物自動車を運転し、長野市吉田二丁目八番三号付近の、長野県公安委員会がその最高速度を時速四〇キロメートルと指定している道路を、上松方面から南堀方面に向かい進行中、先行自動車を右側から追い抜き、そのまま道路右側部分を進行して前方の同市吉田一丁目三番二六号先の信号機により交通整理の行われている交差点を直進しようとして、時速八〇ないし九〇キロメートルに加速して道路右側部分に進出したものであるが、その際、約九六・五メートル前方には、A子(当時二三歳)運転の普通乗用自動車(軽四輪)が右折合図をして、同交差点手前の右折車両通行帯上を進行しており、同車が同交差点を右折することが当然予想できる状況であったから、高速で道路右側部分を進行して同交差点に接近することは厳に差し控え、直ちに前記制限速度に減速して道路左側部分に進路を戻し、右A子運転車両との安全を確認して進行すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、同車は自車の接近以前に右折を終了するか、あるいは、同車の右折開始前にこれを追い抜けるものと軽信し、漫然右速度のまま道路右側部分の進行を続けた過失により、同車が右折を開始したのを約四〇・四メートル前方に認め、急制動の措置を講じたが間に合わず、右交差点を右折中の同車に自車を追突させ、よって、右A子に加療約四週間を要する頚椎捻挫等の傷害を、同人運転車両に同乗中のC子(当時二四歳)に加療約九日間を要する頚椎捻挫の傷害を負わせた、第二 前記第一記載日時、同記載の同市吉田一丁目三番二六号付近の道路において、同記載の自動車を運転中、同記載のとおりA子ほか一名に傷害を負わせる交通事故を起こしたのに、直ちに車両の運転を停止して、同人らを救護する等必要な措置を講ぜず、かつ、その事故発生の日時及び場所等法律の定める事項を直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかった、第三 公安委員会の運転免許を受けないで、前記第一記載の日時、同記載の同市吉田一丁目三番二六号付近の道路において、同記載の自動車を運転したものである。」との罪となるべき事実を認定判示している。

2  そして、原判決挙示の関係各証拠によれば、被告人が本件普通貨物自動車を運転していたことを含め、原判示第一ないし第三の各事実は、これを十分に認定できるのであって、原審で取り調べたその余の証拠を合わせ検討しても、右認定に特段の疑念は生じない。

(一)  この点、まず、本件事故の発生については、関係各証拠によれば、次のような事実が認められる。すなわち、A子が、助手席に友人のC子の同乗する普通乗用自動車(軽四輪)を運転して、平成六年四月一七日午後一一時一〇分ころ、上松方面から南堀方面に向かう道路を進行中、長野市吉田一丁目三番二六号先の信号機により交通整理が行われている交差点(以下「本件交差点」ともいう。)に差しかかり、同交差点で右折しようとして、同交差点の手前で右折の合図をしながら右折車両通行帯に入り、さらに同交差点内で右折を開始し、対向車線に入りかけたところ、その後方から、普通貨物自動車が対向車線を逆行する形で時速八〇ないし九〇キロメートル位の高速で進行して来て、A子運転の自動車に追突し、その結果、同女が加療約四週間を要する頚椎捻挫、腰椎捻挫の傷害を、同乗者のC子が加療約九日間を要する頚椎捻挫の傷害を負ったことが明らかである。また、追突した普通貨物自動車は、衝突後、いったん速度を落としたものの、その場で停車することなく、南堀方面に向かって逃走したことも、認定できる。

(二)  関係各証拠によれば、被告人が、追突した普通貨物自動車を運転していたとして検挙されるに至った経緯、状況等は、次のようなものであったと認められる。すなわち、A子の一一〇番の通報により本件交差点に駆けつけてきた警察官らは、A子から追突した車はバン型の黒っぽい自動車であるということを聞くとともに、本件交差点内にはプラスチックの破片等が散乱し、ラジエター液と思われる水滴が南堀方面に点々と落下しているのを発見し、その落下した水滴の跡を辿っていった結果、同市《番地略》所在のアパート甲野の南側駐車場において、左前部が破損した、バン型の黒色の普通貨物自動車が駐車しているのを発見した。ところで、被告人は、姉の夫であるDの兄Eの経営する有限会社乙山電子で同月一日ころから働き、本件当時、乙山電子の寮として使われていたアパート甲野の一〇一号室に泊り込んでいたが、同室には、社長であるE、Dに加え、関連会社から手伝いに来ていたBも泊り込み、右破損した普通貨物自動車(トヨタマークIIワゴン一八〇〇)は、Bが実質上の持ち主で、日ごろ使用していた自動車であった。そして、警察官らは、右のように加害車両と窺われる右自動車を発見したことから、甲野一〇一号室を訪れ、事情聴取を行ったところ、被告人が、右車を運転していたのは自分であり、信号機のある交差点で右折車に追突する事故を起こし、相手の人は怪我をしていると思ったが、無免許運転が発覚するのが怖くてそのまま逃げてきたなどという趣旨のことを話し、その話の内容が、A子らの述べる本件事故の発生時の状況等と一致していたので、被告人が本件事故を起こした上、いわゆるひき逃げを行ったものと認定して、同月一八日午前一時一七分、被告人を業務上過失傷害、道路交通法違反の罪の嫌疑で緊急逮捕したものである。

(三)  そして、本件の捜査過程で、被告人は、捜査官に対し、本件各犯行について全面的に自白している。すなわち、被告人は、事故当日、Dや社長、Bらと一緒に長野駅付近の居酒屋に飲みに行き、夜一〇時過ぎころ甲野一〇一号室に戻り、社長やBらは直ぐ寝てしまったが、Dが酒を買いに行こうと言い出したため、自分は無免許であったもののBを起こすと悪いと思って、Bに無断でDを助手席に乗せて本件自動車を運転して、酒を売っているコンビニエンスストアに向かった。その帰途、事故を起こした交差点(本件交差点)に差しかかった際、前法に右折しようとしている車のあることに気付いたが、九〇キロ位の速度が出ていたので、そのまま追い越して行けると思い、対向車線まで出て追い越そうとしたところ、すでに相手の車が対向車線まで出てきていたため、急ブレーキを掛けたものの、相手の車に追突してしまった、衝突後、自車のボンネットが持ち上がり、左前が見えにくかったので、相手車にも相当な衝撃があって相手の人が鞭打ち症などの傷害を受けているのではないかと思ったが、自分は、無免許で飲酒もしているので、逃走しようと決心し、自車を発進して南堀方面に逃走したという趣旨の供述をしている。

また、D、E及びBも、捜査官らから取調べを受けているが、三人とも、被告人の供述を裏付け、あるいはこれと矛盾しない供述をしている。すなわち、Dは、自分は、被告人の運転する車の助手席に乗ってコンビニエンスストアに行った、その帰途、眠くなって助手席でうとうとしていると、キーという急ブレーキをかけたような音が聞こえたような気がし、その直後、ガンという物音と何かにぶつかったような衝撃を感じた、他の車と衝突したなと思ったが、被告人は、その場に停車せずに、そのまま逃げ出してアパートまで帰ってきた、そして、しばらくすると、警察官が来て、被告人がその場で逮捕されたという趣旨の供述をしている。Bも、トヨタマークIIのバンは自分の車であるが、四月一七日夜、自分は、マンションの部屋で寝ていて、被告人が自分の車を運転したことは知らなかった、車を使う前に「車借りるよ」というようなことを言われたような気もするが、寝ていたので、よく覚えていないという趣旨の供述をしている、Eも、同様に、自分は、一〇時半ころ、長野駅前の飲食店からアパートに帰って来てから、間もなく寝てしまって、被告人が車を運転して出掛けたことも気付かなかったという趣旨の供述をしている。

3  以上のとおり、原審で取り調べた関係者の供述は、いずれも、被告人が本件普通貨物自動車を運転していて本件事故を起こしたことについては一致している。被告人の供述自体をみても、本件事故時の状況やその後逃走した状況等に関し、とくに不自然、不合理な点もなく、前記(一)認定の本件事故の客観的な状況や、前記(二)認定の警察官らが本件事故当時事故を起こした車両を運転していたのは被告人であると認めるに至った経緯ないし状況との間で、齟齬したり矛盾するとみられるような点もない。むしろ、内容的に、追突事故を起こした車の運転者としてその際の自然な認識を供述したもののようにみえ、その信用性に疑問を抱くような状況は存在しなかったのである。

また、被告人は、原審公判においては、本件各公訴事実につき、衝突後に相手車を見たところ、ちょっと壊れている程度だったので、相手の人が怪我はしていないと思い、その場から立ち去ったという趣旨の弁解をしたものの、その余は全面的に認める態度を取り、検察官から請求のあった証拠についても、全て証拠とすることに同意して、その取調べが行われている。

4  以上要するに、被告人の右供述を含む原判決挙示の関係各証拠によれば、原判示第一ないし第三の各事実は、優に肯認することができ、原審で取り調べた他の証拠を検討しても、原審の事実認定に誤りを見い出すことはできないのである。

四1  しかしながら、当審における事実取調べの結果によると、本件事故当時、被告人が本件普通貨物自動車を運転していたことについては、重大な疑問が生じるのである。すなわち、当審で提出された関係各証拠によると、被告人が、原判決に対して控訴を申し立てるとともに、その後、Bが、警視庁亀有警察署に赴き、本件事故を起こした真犯人は自分であって、被告人は身代わりだという趣旨の自首をしたことから、捜査機関において本件事故等につき再捜査を行うとともに犯人隠避の疑いで捜査を行い、Bはじめ、被告人やD、Eを再度取り調べたところ、今回は、皆一致して、本件事故当時、本件普通貨物自動車を運転していたのはBであると供述するに至ったのである。

2(一)  被告人は、当審公判廷においても、自分は、平成六年四月一七日に長野で起こった業務上過失傷害や道路交通法違反の本件事件について自分がしたことであると認めて裁判を受けたが、一審で執行猶予になると思っていたら、実刑判決だったので、驚いて、自分は真犯人ではないということで控訴を申し立てたなどと供述しているが、本件控訴申立後の平成七年三月九日、長野地方検察庁において、検察官から取調べを受けた際、次のような供述をしている。すなわち、自分は、Bが平成六年四月一七日午後一一時一〇分ころ、長野市吉田で起こしたひき逃げ事件の身代わり犯人になって警察に捕まり裁判まで受けて同人を庇った。自分は、一五、六歳のころ、従兄弟から駐車場内で三、四回車を使って動かし方を教えてもらい、その後、広い仕事場で駐車中の車を運転して移動したことがある程度で、路上運転の経験は一度もなかった。また、自分は、平成三年九月にバイクを運転中、事故を起こして右下肢全体を骨折した後遺症で足首の感覚がなく、仕事場で駐車中の車を移動するときでさえ、静かに停止しようと思っても、急停止になってしまう状態であり、しかも、長野に来たばかりで道がよく分からず、車の運転などできるわけもなかった。DがむりやりBに運転させて酒を買いに行くことにしたので、Bは大変腹を立てていた。Bの運転する車に自分とDが乗り、コンビニエンスストアに行って酒を買った。その帰途、Bが運転して、五分位走って事故現場の交差点に差しかかり、対向車線に進出して無理な追い越しをしたため、交差点の入口付近で右折しようとしていたA子運転の軽自動車に追突してしまった。自分がBの身代わり犯人になって取調べを受けたときに述べた事故の状況については、衝突地点とブレーキをかけた位置は、そのとおりであるが、それ以外のことはいい加減なものであった。衝突地点やブレーキをかけた位置は、現場の様子やブレーキ痕から分かったので、そのとおり間違いない。衝突後、Bは、車から降りもせず、そのまま車を発進させて逃走した。アパートに戻ると、三人でどうするか話し合った。Bは、「俺には前科が六犯ある。懲役に行くことになるから困ったな」などと言っていたが、間もなく、インターホンが鳴り、警察官が来た。自分が、Bに「警察が来たけどどないします」と声をかけると、同人は、急に上半身を丸めて前に倒した。その直後、Dが「俺が行く」と言って立ち上がり、玄関の方に行き、「B鍵貸せ」と言った。自分は、DがBにむりやり車を運転させて、同人にひき逃げ事故を起こさせてしまったことで責任を感じ、身代わり犯人になって警察に名乗り出る気になったのだと思った。Bは、直ぐに車の鍵を放り投げてDに渡した。しかし、同人は、自分の姉と結婚しており、姉との間に三人の子供がいたので、自分としても、仲の良かった姉や子供たちのことを考えると、DをBの身代わり犯人として警察に行かせるわけにはいかないと思い、Dを追うように外に出たところ、同人が、警察官に対して「俺が運転していた」と言っていたので、急いで、警察官に近づき、「運転していたのは僕です」と言った。警察官が「どっちなんだ」などと言ってきたので、自分は、強い口調で「僕です」と言った。それに対して、Dは黙っており、その後は、同人が自分で運転していたとは言わなくなった。自分は、これで姉たちを泣かせることもなくなったと思った。自分は、その場で逮捕されたが、翌日釈放されたので、刑務所に入れられることはないと安心した。ところが、自分に対する判決は、懲役七月の実刑だったので、刑務所に行く気になれず、本当のことを話すことにした。被告人は、以上のような供述をしている。

(二)  また、Bも、検察官に対する平成七年三月八日付け供述調書において、自分が、平成六年四月一七日午後一一時過ぎころ、長野市吉田の交差点で追突事故を起こし、その際いわゆるひき逃げをしたが、被告人に身代わり犯人になってもらったという趣旨の詳細な供述をしており、また、自分が車を運転するに至った経緯や事故後の逃走の状況、被告人が本件事故の犯人として名乗り出た前後の状況について、被告人が検察官に述べたこととほぼ同趣旨の供述をし、本件事故の状況や原因などについても車の運転者として具体的に詳細な供述をしている。そして、Bは、同人作成の上申書においても、自分が車を運転していて本件事故を起こした、被告人は、執行猶予になると思って、そのままにしていたが、実刑になってしまい、自分の身代わりに刑務所まで行ってもらうわけにはいかないので、平成六年一〇月二八日、弁護士とともに自宅の管轄署である亀有署に自首したなどという趣旨のことを述べている。

更に、Dも、検察官に対する同日付け供述調書において、被告人及びBの右各供述に符合する供述をしている。

3  以上のとおり、被告人をはじめ、BやDの右各供述は、いずれも不自然なところはなく、被告人が、Bの身代わりになって、警察官に対し、本件事故の際、車を運転していた旨名乗り出た状況等については、いずれも一致していて矛盾したところは全くない。また、被告人の右供述中の、被告人が、Bの身代わりになって警察官に対し本件事故を起こしたりしたと名乗り出るに至った気持ちの動きなども、その立場に置かれた者の心情として、事態の流れに沿った自然なものであって、そこには作為の痕跡などは全く窺われない。さらに、本件事故の際、事故を起こした車両を運転していたのが、被告人であるとは考えにくい幾つかの状況も窺われる。すなわち、まず、関係各証拠によると、本件事故を起こした車両が、事故現場から逃走して被告人らの居住するアパートの駐車場に戻るまで、道幅の狭い道路などを、かなりの距離にわたって相当な高速度で走行していることが認められるが、被告人に狭い道路を普通に運行することができるほどの運転技量や運転経験があったかという点については多大な疑問がある。すなわち、前記2(一)掲記の被告人の供述によると、被告人は、本件事故当時までに駐車中の自動車を移動させたりしたことはあったが、路上運転の経験は全くなく、また、以前、バイクの運転中の事故により右下肢全体を骨折した後遺症のため足首の感覚がなく、駐車中の車を移動したときにも、静かに停止しようと思っても、急停止の状態になってしまうというのである。右供述のように、被告人に全く路上運転の経験がなかったかどうかはともかくとして、バイクの事故で右下肢全体を骨折した後遺症のため、足首の感覚が麻痺していてブレーキ操作が思うようにできないなどと述べている点が虚偽であるとは考えられない。また、右2掲記の被告人、B及びDの検察官に対する各供述調書において、被告人らの乗った自動車は、コンビニエンスストアに向かう途中、運動公園の近くの丁字路交差点で、信号を無視して同交差点に進入したところ、折から交差道路の右方から同交差点に進入してきたタクシーと衝突しそうになったが、タクシーがそのまま通り過ぎて行こうとしたので、その後を追いかけて停車させ、被告人、B、Dの三人がそのタクシーの運転手に文句を言ったり、窓越しに運転手の肩を掴んだりしたことがある旨供述している。この点、本件事故の前に起きた小さな出来事につき三人の供述が具体的に符合しているということは、まさに右三人の供述が信用できることを裏付けるものとみることができるのである。

4  以上から結局、原審で取り調べた関係各証拠に加え、当審における取調べの結果を合わせ考えると、被告人が本件当時、原判示認定の普通貨物自動車を無免許で運転し、本件事故を起こし、さらに事故現場から逃げ出したことについては、被告人の行ったものではないという可能性が極めて大きく、したがって、右各事実を認定するには、合理的な疑いが残るといわざるを得ないのである。すなわち、原判決の判示する罪となるべき事実第一ないし第三については、結果的に事実の誤認があり、その誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるというほかない。したがって、論旨は、理由があり、原判決は破棄を免れない。

五  よって、刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により、更に被告事件について判決する。

本件各公訴事実の要旨は、原判決が罪となるべき事実第一ないし第三として認定判示しているとおり、被告人が、原判示の日時に、業務として普通貨物自動車を運転して、原判示の交差点に差しかかった際、安全確認等の注意義務を怠り、自車前方で右折しようとしていたA子運転の自動車に自車を追突させ、同女及び同女運転の車両に同乗していた女性にそれぞれ傷害を負わせ(公訴事実第一)、そのような交通事故を起こしたのに、同女らを救護する措置を講ぜず、事故発生の日時場所等を警察官に報告しなかった(公訴事実第二)、右日時場所において、無免許で右普通貨物自動車を運転した(公訴事実第三)というものであるが、前記四において検討したとおり、本件全証拠によっても、被告人が、本件交通事故に際し事故を起こした普通貨物自動車を運転していたと認めることには、合理的な疑いが残るのである。したがって結局、本件各公訴事実については犯罪の証明がないことに帰するので、刑訴法三三六条により、被告人に対し無罪の言渡しをすることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本時夫 裁判官 円井義弘 裁判官 岡田雄一)

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